「まるで魔法がかかったような1週間だった」
金色の紙吹雪が舞う中、1万2000人の観衆に黄金の優勝杯を高々と掲げたロジャー・フェデラー選手の瞳は涙で滲んでいました。
2018年のスイス・インドアを制し、自身が持つ歴代1位の同大会最多優勝記録を9回に更新すると共に、歴代2位となる通算99回目のタイトル獲得を達成。
「まるで魔法がかかったような1週間だった。僕にとっては夢の快進撃だった」と振り返り、喜びを噛みしめました。
スイス・インドア 概要
毎年10月、スイス・バーゼル(Basel)で開催される男子プロテニスツアーのATPツアートーナメント大会「スイス・インドア(Swiss Indoors Basel)」。
同大会は、その後フランス・パリで行われるロレックス・パリ・マスターズ(Rolex Paris Masters)と共に、ATPファイナルズ(Nitto ATP Finals)への出場権をかけた重要なトーナメントであり、常に熾烈な闘いが繰り広げられています。
2011年と2016年は、錦織圭選手が同大会で準優勝を果たしています。今年、錦織選手は同時期にオーストリア・ウィーンで開催されるエルステ・バンク・オープン(Erste Bank Open)に出場するため、スイス・インドア出場は見送りました。
日本からはダニエル太郎選手が出場。厳しい予選を見事勝ち抜いて本戦に進出しましたが、イタリア出身のアンドレアス・セッピ(Andreas Seppi)選手に0-6,4-6で敗れ、残念ながら初戦敗退となりました。
迫力のオープニングセレモニー
スイス・インドア本戦初日は「スーパーマンデー(Super Monday)」と呼ばれ、10年前よりテニスと音楽の融合をテーマにしたオープニングアクトが行われています。
2018年のテーマは「スウェーデンの輪」。世界中で絶賛されているスイス発のマーチングバンド「トップ・シークレット・ドラムコープス(Top Secret Drum Corps)」、バーゼル交響楽団、バーゼル少年少女合唱団、そしてABBA GOLDによる迫力のパフォーマンスが披露されました。ぜひ動画でお楽しみください。
波乱に満ちたスイス・インドア2018
2018年同大会は世界のトップ7選手のうち4人、ロジャー・フェデラー選手を筆頭に、フアン・マルティン・デル・ポトロ選手(Juan Martin del Potro)、アレクサンダー・ズベレフ選手(Alexander Zverev)、マリン・チリッチ選手(Marin Cilic)が顔を揃えるとあって、早くから注目を集めていました。
ところが、昨年の同大会でフェデラー選手と優勝を争ったデル・ポトロ選手が、大会直前に右膝蓋骨を骨折。スイス・インドア、ならびに既に出場権を獲得していたATPファイナルズへの欠場を発表します。
続いてダビド・ゴフィン選手(David Goffin)も右肘負傷のため欠場。さらに本戦初日、スイス・ローザンヌ出身のスタン・ワウリンカ選手(Stan Wawrinka)が背中の負傷により棄権、今シーズン終了と発表し、波乱の幕開けとなりました。
そして迎えた決勝戦。9度目の優勝を狙う世界ランク3位のフェデラー選手の対戦相手は、何と予選から勝ち上がってきた世界ランク93位、ルーマニア出身のマリウス・コピル(Marius Copil)選手でした。
コピル選手はまだツアー大会の優勝が1度もなく、キャリア初となる優勝をかけた大一番でした。スイス・インドア2018に突如現れた新星は、世界ランク7位のマリン・チリッチ(Marin Cilic)選手、世界ランク5位のアレクサンダー・ズベレフ(Alexander Zverev)選手と、優勝候補の一角たちを次々と撃破して、決勝戦へと駒を進めました。
予選から決勝まで勝ち上がったのは、2005年のマルコス・バグダティス(Marcos Baghdatis)選手以来の快挙。さらに1994年当時、世界ランク100位だったパトリック・マッケンロー(Patrick John McEnroe)選手に次いで、同大会始まって以来2番目にランクが低いファイナリストでもありました。コピル選手は、2018年同大会における1番のサプライズであったと言っても過言ではないでしょう。
フェデラー、史上最強と称される輝かしい経歴
スイス・インドア開催地バーゼルが出身地であり、世界最高のテニスプレーヤーの1人といわれるフェデラー選手。
長いテニス史で築かれてきた数々の記録を塗り替え、新たな伝説を生み出してきたフェデラー選手の輝かしい経歴を、ここで振り返ってみましょう。
【フェデラー選手の通算成績一覧】
不穏な空気漂う大会序盤〜中盤
同大会で8度の優勝経験を持つフェデラー選手は、フィリップ・クライノビッチ選手との初戦からサーブの不調、安定しないプレーや凡ミスが続き、2時間9分のフルセットにも及ぶ激闘となりました。
1998年、17歳で同大会に初出場して以来、まさかの初戦敗退の危機に瀕しましたが、緊迫した最終セットで何とか相手を退けました。
【スイス・インドア2018 試合結果】
不安の残るヤン=レナルト・シュトルフ選手との2回戦では、まだ前日からの不調を引きずっていると思われるミスが見られたものの、6-3, 7-5とストレートで勝利。
ジル・シモン選手との準々決勝第1セットでは、相手に5-3とリードされながらも強靭な精神力で5-5へと追いつきます。
互いに一歩も譲らない攻防が繰り広げられ、タイブレークの末に第1セットを先取するも、続く第2セットを落としてしまいます。
結局2時間半を超えるフルセットにもつれ込んだ緊迫の最終セットを制し、準決勝へと駒を進めました。
本人も不満を口にするほど不穏なスタートを切ったフェデラー選手は「どうしてなのか自分でも説明がつかない。もしかしたら自信が足りていなかったからかもしれない。もしかしたら今年の夏に手を痛めたことが影響しているのかもしれない」と心境を明かしています。
タフなスタートから、最高のエンディングへ
初戦からベストコンディションではないことが懸念されたフェデラー選手でしたが、準決勝ではまるで魔法がかかったかのように今までの不調を払拭し、王者の健在ぶりを証明。
準決勝序盤から試合の主導権を完全に握り、わずか19分という驚異の速さで第1セットを奪うことに成功します。続く第2セットではメドベージェフ選手が見応えのある攻防を見せたものの、試合時間65分で王者の壁の前に屈しました。
154分ものフルセットにもつれ込んだジル・シモン選手との準々決勝のマッチポイントから、翌日のメドベージェフ選手との準決勝、最初のサーブを打つまでの約18時間に一体何が起こったのでしょうか。
彼の答えは、とてもシンプルなものでした。
「十分な睡眠をとったから」
本調子を取り戻した王者は、試合後にその安堵と喜びを吐露します。
「信じられないくらい幸せだ。自分の本来のリズムを見つけることができた。僕にとっては最高の試合だった」
大物食いの新星との優勝争い
新星コピル選手との決勝は、第1セット序盤から一進一退の攻防が続き、大接戦となりました。コピル選手の最大の武器は、時速200kmを超える強力な弾丸サーブ。同大会では、自身の最速サーブ記録を更新する時速243kmのサーブを記録しました。
決勝戦でも、コピル選手から繰り出されるサーブは強烈。苦戦を強いられたフェデラー選手でしたが、何とか緊迫の第一セットを制します。
続く第2セット序盤ではコピル選手が主導権を握り、あっという間に3セット連取され0-3と大差をつけられてしまいます。
しかし、ここからが王者フェデラー選手の強靭な精神力の見せどころでした。急にギアチェンジしたかのように、ラインすれすれのスーパーショットや得意のネットプレーを次々と決め、コピル選手に傾いていた流れを一気に引き寄せ、4-4まで追いつきます。
「運」さえも味方に付ける男
大差でリードしていたにもかかわらず同点まで追いつかれてしまい、焦りが見えはじめたコピル選手。立て続けに2回、フェデラー選手が打ったボールをアウトだと信じ、自らプレーを止めて「チャレンジ*」を要求します。しかし判定は覆ることなく「イン」とされ、連続で2ポイントを失う結果に。
*「チャレンジ」とは、審判のライン判定に不服があるとして、ホークアイという最新の画像解析システムを利用する権限を使うこと。
こうして迎えた緊迫の4-4, 40-30。今度は、フェデラー選手がコピル選手にお返しするかのように「チャレンジ」を要求します。一度は「イン」と判定されたコピル選手のボールを、フェデラー選手は「アウト」と見なしたのです。
高まる緊張の中、会場の巨大スクリーンに映し出されたカメラ判定の映像。何と、わずか3mmの差で「アウト」と判定が覆り、会場から熱狂的な大歓声が沸き起こりました。
運が王者に味方し5-4と逆転へ導いた、今大会中で最も劇的なシーンでした。当のフェデラー選手も、「こんな状況は今までに経験したことがない」と試合後に述懐。
フェデラー選手はこれで勝機を呼び寄せ、7-6, 6-4のストレートでコピル選手を下し、2年連続となる優勝を飾りました。この瞬間、キャリア通算99勝という偉業も達成。
コピル選手は試合後の記者会見で「たくさんの自信を得た。自分が高いレベルでプレーでき、最高の選手たちとも渡り合えることが分かった」と胸を張りました。
ユニクロのウェアに身を包み、初のタイトル獲得
四大国際大会の1つであるウィンブルドン選手権(The Championships, Wimbledon)で、フェデラー選手がユニクロのウェアを着用してコートに登場し、全世界に衝撃を与えたのは記憶に新しいところです。
フェデラー選手は長らく米スポーツ用品大手ナイキ(NIKE)と契約を結んでいましたが、2018年3月に契約期間を満了し、同年7月に、新たにユニクロのグローバルブランドアンバサダーを務める10年間の大型契約を結んだと発表しました。
【契約締結後の成績】 ・ウィンブルドン選手権 準々決勝敗退 |
今回のスイス・インドアでの優勝は、ユニクロのウェアを着ての、記念すべき初タイトルとなったわけです。
フェデラー選手は、ユニクロと契約して以来初のタイトル獲得の感想を聞かれると、
「中にはユニクロに結果を届けることが出来ないのではないかと言う人々もいるが、それは僕ではない。ユニクロには既に伝えてあるが、僕のゴールは今後さらなるツアー優勝をすること。できることならグランドスラム(四大大会)優勝も狙いたい」
と野心的な表情を見せました。
フェデラーが抱く、故郷バーゼルへの想い
「ここ(バーゼル)ではいつもエモーショナルになるんだ」
フェデラー選手には故郷バーゼルへの特別な想いがありました。
実は遡って1993年、当時まだ12歳だったフェデラー選手は「ボールボーイ」として初めてスイス・インドアに参加していました。7年後の2000年にはプロ選手として、同大会の決勝戦という大舞台に立ったのです。
初めて同大会のタイトルを獲得したのが2006年。そこから順調にキャリアを重ね迎えた2018年、同大会の歴代最多9回の優勝記録を樹立しました。
「ここでは、ボールキッズたちの顔を見ると特にエモーショナルになる。彼らに(同大会でボールボーイを務めた)当時の自分の姿を重ね、とても感動する。ファンからのスタンディングオベーションにも心を打たれるよ。バーゼルで、ホームの観客の前で優勝することは、僕にとって特別な意味を持つ」
「素晴らしい1週間だった。キャリア通算99勝、バーゼルでの9個目のタイトルは信じられない数字だ。本当にクレイジーだ、自分でも信じられない。苦戦した分、満足感も大きい」と、改めて偉業達成の歓喜を語ったフェデラー選手。
「勝利するのは楽しい。勝利は僕に自信をもたらしてくれる。ロンドン(ATPファイナルズ)でベスト選手たちを破り、良い成績を残すために必要不可欠な優勝だった。スイス・インドアで得た自信がロンドンで僕を助けてくれることを願っている」と、ATPシリーズのファイナルを飾るロンドンでの戦いに向け、意気込みを語ってくれました。
最後に…
波乱に満ちた今年のスイス・インドアは、フェデラー選手の2年連続、同大会最多となる9度目の優勝で幕を閉じました。
最年長の出場でもありましたが、37歳という年齢を迎えた今も全盛期の輝きを放ち、一線から退く様子を全く見せず、次々と新たな記録を樹立しています。かつて、テニス選手は28歳前後にピークを迎えるといわれましたが、フェデラー選手の活躍はその常識をも覆す驚くべきものです。
スイス・インドアはフェデラー選手のホームでの大会。観客皆が彼の勝利を確信しているプレッシャーの中、窮地を幾度も跳ね返した強靭な精神力は、フェデラー選手を成功へと導いている大きな要因といえるでしょう。
今回の優勝により、キャリア通算100個目のタイトル獲得に王手をかけたフェデラー選手。
「100個目のタイトルは次の目標だ。いつ到達してもおかしくないし、モチベーションは高まるばかりだ」
と気合いは十分。歳を重ねても成長をやめない、王者フェデラー選手から今後も目が離せません。
<協力>Swiss Indoors AG
Bettenstrasse 73 4123 Allschwil
www.swissindoorsbasel.ch
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