チャーチル、チューリヒの苦い思い出

20160914_kumiko_news_16 今から70年前の9月19日、第二次世界大戦時のイギリス首相であり、ノーベル文学賞受賞者でもあるウィンストン・チャーチル (Winston Churchill) がチューリヒ大学 (Universität Zürich) で演説を行いました。

 チューリヒ演説 (Zürcher Rede)として有名なこのスピーチの後、市中央部をパレードし、沿道に集まった大勢のスイス人により出迎えられました。当時の写真から、彼の得意満面な様子がうかがえます。

 チャーチルのスイス訪問は、彼の絵の先生であるスイス人の働きかけが大きく、チューリヒ大学から名誉博士号を授与される可能性も示唆して、チャーチルの心をスイス訪問に向けさせたようです。

 これを受けて、チューリヒ大学ではチャーチルに名誉博士の称号を贈るかどうかの議論がなされましたが、教授会が多数決により栄誉称号の授与を拒否しました。拒否した理由は、アカデミックな栄誉称号を政治家に授与するのはいかがなものか、ということだったようです。

 とはいえ、世界に名の知れた大物政治家に対して無礼があってはいけません。そこで考えついたのが、博士号をつけずに名誉を称える「名誉証書」をラテン語で書いて授与することでした。チャーチルがラテン語を毛嫌いして、ほとんど勉強していなかったことを知っての苦肉の策だったようです。ラテン語が分からないチャーチルは最初こそ喜んだものの、後でこの意味を知ることになり、腹を立てていたそうです。

 あの有名な「チューリヒ演説」とチューリヒ訪問の裏で、こういう面白いエピソードがあったチューリヒ大学。演説を行った講堂は、大学前を通るトラムの窓から見えます(正門奥に見える2階のガラス張りの部分)。

 


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