空に向かって挙手!地域に根付く直接投票「青空議会」

Landsgemeinde-6508 挙手による直接投票「青空議会」。初回から約640年が経った現在、開催されているのはアッペンツェル・インナーローデン準州とグラールス州の2州のみ。住民にとっては重要な伝統行事で、町中あげてのお祭りです。今回は、アッペンツェルの青空議会からその様子をお伝えします。

| アッペンツェル・インナーローデン準州 (Appenzell Innerrhoden) 

 スイスの人口は約842万人で、九州ほどの大きさの土地に大阪府民(約880万人)が居住しているという規模。*2017年時点

 スイスにはカントンと呼ばれる州が26あり、最も人口が多いチューリッヒ州には約39万人が、最も少ないアッペンツェル・インナーローデン準州(以下、AI準州)には約1万6,000人が居住しています。

 AI準州はスイスの東北部、オーストラリアの国境付近に広がる、なだらかな丘とのどかな牧草地が特徴。住民の約60%が農業を営み、牧歌的な景色が色濃いため、「古き良き時代のスイスが残っている」と紹介されることが多いようです。

| 青空の下、挙手によって行われる直接投票

 青空議会はドイツ語で「ランツゲマインデ(Landsgemeinde)」という、挙手による直接投票。選挙当日は有権者が広場に集まり、どんな天気でも賑やかに投票が行われます。同州の州庁舎によると、1378年に初めて開催されたと言われていて、640年以上の歴史を誇る伝統行事でもあります。

 もともと8州(Zug, Schwyz, Uri, Obwalden, Nidwalden, Appenzell Ausserrhoden, Appenzell Innerrhoden, Glarus)で行われていたこの選挙は、時代とともに廃止され、今日もスイスで行われているのはAI準州とグラールス州の2州のみ。

 AI準州では1971年に婦人参政権がようやく認められたことを考えると、保守的な住民が多いという印象で、スイス人の間でも「これだからインナーローデンの人間は」と評されるほど。そんな彼らが「古き良き」選挙方法を守り続けているのは自然とも言えるかもしれません。  Landsgemeinde-6571

| 年に一度の投票は、お祭りのような存在

 選挙当日は、まず聖マウリティウス教会でミサが行われ、12時頃に市庁舎からパレードが始まり、投票が行われるランツゲマインデ広場に移動します。鼓笛隊が賑やかな音楽をかき鳴らし、狭い道を行進していく彼らに、沿道から家族連れの地元民が笑顔で手を振ります。

 投票は、有権者にとって重要かつ晴れの場になるため、中には伝統衣装やタキシードなどで正装し、腰にサーベルを下げて参加する男性陣も。他州の人間は入り込めない、「AI準州の有権者だけに認められた特権」のような雰囲気を醸し出しているのも、はたから見ていて微笑ましいほど。みな晴れやかで誇らしげな表情から、投票を楽しんでいる様子がうかがえます。

| 約3,000人の有権者、議長が読み上げる議題に直接投票

 パレードの終点、ランツゲマインデ広場に集まった有権者が迎えるのは、議長らや、他州や諸外国からの来賓たち。宣誓が行われ、厳かに投票が始まります。議長が読み上げる議題に、手を高々と掲げて賛成の意を評するのは、いかにも直接民主制。とはいえ、自分の意見を他人に知られることは意にも介していない様子で、同じスイス国民でも不思議に思うというからおもしろいです

 集計方法は、厳密に票数を数えるのではなく「適当」で、賛成が過半数以上だと判断された場合に可決となります。開催時間や休憩の回数も年によってまちまちで、2018年度は休憩なしの3時間半にも及びました。このようなスタイルも、AI準州の人々の性格を反映しているのかもしれません。

| 2018年度の決議事項

 この年は全議題が可決されるというスムースな運びになり、「選挙の下準備が完璧に行われていたからだ」と、自慢げに語る住民もいたほどでした。

(1) 新議員の選出
(2) 州憲法の改正(イニシアティブの最終期限)
(3) スイス民法典の施行法の改正
(4) 地下の使用に関する法律
(5) アッペンツェル州立銀行に関する法律
(6) 健康法の改正
(7) アッペンツェル保健センターに関する法律
(8)急患や外来患者の受け入れ施設を完備した病院の新設


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2018年度のハイライト

 特に注目したいのが、(8)の新しい病院の建設。AI準州には州立病院が1つしかなく、少々古くて小さいので、処置できる患者数に限りがあります。そのため、新病院はベッド数を増やすだけでなく、外来、急患、入院、救助にも同等に焦点を当てたシステム作りを目指しており、投じられる額は4,100万フラン(約45億円)。AI準州の26倍の人口を抱えるチューリッヒ州の病院建設費が約1億フランを考えると、A準I州の新設にかける意気込みがうかがえます。

 また、初めて試みとして話題になったのが、手話による通訳。12人のろう者が投票に参加したことも初めてでした。(写真下、左)

| 投票日に欠かせない、大人気の期間限定フード

 人気メニューは2つ、ランツゲマインデシューブリック(Landsgemeindeschüblig)というソーセージと、ランツゲマンドフレムフリ(Landsgemendchrempfli)というお菓子。

 ソーセージは、香りも味も強いアッペンツェル特産品の一つで、投票当日は屋台に人々が行列を作ることも。お菓子は、ヘーゼルナッツペーストが入った焼き菓子で、表面には牛や果物など牧歌的な模様が施されています。これは、修道院で主に作られていて、いつの間にかランツゲマインデでも売られるようになった、とか。型崩れしないので、お土産にも最適です。

 投票を見にきたからには、アッペンツェルの特産品をほおばりながら、地元民の生活の一部に触れてみるのもおすすめです。

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| ランツゲマインデが持つ大きな意味

 AI州の人々にとってこの投票は、自分が住む州の政治に興味を持ち、意見を述べ、改善していくことへのきっかけとして重要な行事。そして、投票に行くことが習慣になること。家族と過ごす大切な休日に、正装して投票に向かうのです。

 小さな子供たちにとっては、そんな家族を見て、サーベルや投票用紙に憧れを抱き、投票や政治が身近な話題になっていくという流れを生みます。そして、投票が終わったら、近所の人たちと議題について文句を言ったり、達成感を共有したりして、投票という行事が結果的には地域の人との交流の場に。

 伝統が守られ、維持されていくことに必要なのは、「興味を持つ」、「楽しむ」、「身近である」ことなのだと、AI州のランズゲマインデを通して感じさせられます。

 この直接投票は、毎年4月の最終日曜日に行われます。暖かくなってお天気にも恵まれることが多い4月末、希少な青空議会を旅の一部に加えてみてはいかがでしょうか。

【2018年 アッペンツェル鉄道の交通規制のお知らせ】
アッペンツェル地方では、工事や各種規制のため交通機関に影響が生じることがあります。あらかじめ、スイス鉄道(SBB)、またはアッペンツェル鉄道公式ホームページなどでお調べの上、お出かけされることをおすすめします。

<参考URL>
Tagesblatt公式ホームページ

アッペンツェル インナーローデン公式ホームページ

編集:Yoriko Hess, Yuko Kamata
写真:Yuko Kamata


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