スイスの伝統工芸「刺繍」

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東スイスにあるサンクトガレン州の名産「サンガラン刺繍( St.Gallen Stickerei )」。この上品で繊細な刺繍に目を奪われた方も多くいらっしゃることでしょう。

今月のコラムでは、「伝統」と「改良」、そして「伝統を継承する方法」に着目しながらサンガラン刺繍をご紹介します。

| サンガラン刺繍の始まり

サンクトガレンでは8世紀から麻・亜麻織物産業が始まっていましたが、18世紀半ば、需要に応じて綿に主流を移しました。その後、商人がトルコ刺繍からヒントを得て綿に刺繍をしたのがサンガラン刺繍の起源だそうです。

(c) textilmuseum St. Gallen

| 手刺繍から機械刺繍へ

当初の手刺繍が機械織りになったのは19世紀初め。発明された刺繍機をすぐさま導入したことで大量生産が可能になり、サンガラン刺繍の美しさが世界中で絶賛されることになりました。

19世紀後半に登場したケミカルレースにも注目です。これは刺繍をした後、生地を溶かし、刺繍だけを残して作られます。編み上げるレースと違って土台があるため使用できる模様も多く、刺繍機による生産速度も速いため、サンガラン刺繍はさらなる発展を遂げました。しかし、手刺繍をやめることは伝統を破ること、と捉える人もいて業者同士の軋轢も生まれたということです。

(c) textilmuseum St. Gallen

| 戦後の衰退期から現在、そして将来に向けて

不況やファッションの変化に伴って衰退したかのように見えたサンガラン刺繍でしたが、現在では盛り返しています。世界のトップブランドが発表する作品にふんだんに使われていますし、ランジェリーやウェディングドレスなど一定スパンで確実に需要がある分野でも確固たる地位を築いています。危機を脱し、新たな試みを重ねるサンガラン刺繍は、次のことを実践したと言えるのではないでしょうか。

1)上質で上品な製品を作る(テクニック)
2)他に例を見ない美しい製品を作る(デザイン)
3)時代に即した製品を作る(ニーズ)

| 伝統を守るには、生活に根ざすことも必要

「日常生活に刺繍を浸透させたい」というスイス人アーティストが現れました。ナディア フランチオソ (Nadia Francioso) さんは、刺繍生地を使ったバッグやiPhoneケースなど、現代の生活に合った小物を製作しています。使う生地が小さいため、お値段も手が届く範囲。このような活動も、伝統を守ることに繋がっていくのでは、と予想できます。*一昨年からチューリッヒのデパート、グローブス (Globus) に期間限定で定期的に出店しています。

| 伝統を継承する、ということ

大辞林によると、「伝統工芸」とは『伝統的な技術を基礎に、現代生活に即した作品を創造し、新しい伝統を築くことをめざす工芸。また、その作品』でした。サンクトガレンの刺繍産業はこれをも実践してきたと言えるかもしれません。

もちろん、反対意見もあります。あるスイス人女性2人(70代)と話したところ、寂しそうな表情で「手刺繍は心がこもっている」、「機械織りは好きじゃない」と。一方、40代のスイス人女性は「刺繍自体がアンティーク」と誇らしげでした。

継承されてこその伝統工芸。製造・販売・購買のバランスが悪いと継承が困難になります。先人の培ってきた知恵や技術も使って製作を続け、ときには新しい方法を取り入れ、販売ルートも確保しながら「伝統工芸」を守っていくことの難しさと大切さ、そしてその方法をサンガラン刺繍は教えてくれているような気がしました。

| Textilmuseum 織物博物館

サンガラン刺繍の歴史と美しい作品が収蔵されたこの美術館では、日本の影響を受けた作品も展示されています。そして、隠れた目玉は手動の刺繍機。大きさ2m半ほど、重さ1トンという大迫力です。毎週木曜日と金曜日の12時から17時まで実際に稼働しているところが見られるのですが、ガタガタと動く刺繍機は「伝統とは何か」を考えるきっかけを与えてくれたように感じます。

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(c) textilmuseum St. Gallen

<画像協力・お問い合わせ>

織物博物館 Textilmuseum
開館時間:10:00 – 17:00
Vadianstrasse 2 9000 St. Gallen
+41 (0)71 228 00 10
info@textilmuseum.ch
http://www.textilmuseum.ch

取材・編集:Yoriko Hess, Yuko Kamata

 


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